Aha体験の正体:それは「感情」ではなく「数式」で定義できる
toCサービスのプロダクトマネージャー(PdM)をしていると、一度は「ユーザーが感動するような体験を作ろう」という議論になることがあります。しかし、この「感動」という言葉ほど、開発現場を混乱させるものはありません。
なぜなら、感動は結果であって、機能ではないからです。
私の経験上、成長し続けるプロダクトにおけるAha体験(ユーザーが価値を実感する瞬間)は、偶然の産物ではありません。すべて緻密に計算された「設計」の結果です。
私は、Aha体験を以下の数式で定義しています。
Aha = (事前の期待値 + 体験の質) ÷ TTV
ここで最も重要な変数は、分子の「質」ではありません。分母にあるTTV(Time to Value:価値到達時間)です。
どんなに素晴らしい機能(分子)を作っても、そこに辿り着くまでの時間(分母)が長すぎれば、ユーザーはAhaを感じる前に離脱します。逆に言えば、機能がシンプルでも、TTVが限りなく0秒に近ければ、ユーザーは「あ、これ便利かも」という小さなAhaを瞬時に感じ、次のアクションへと進んでくれます。
PdMの仕事は、ユーザーを驚かせることではなく、ユーザーが抱える課題解決への「最短ルート」を舗装することです。
価値を提供することの本質については、以下の記事でも詳しく解説しています。
価値提供型PdMとは
【実践】Ahaを意図的に生み出す「逆算の3ステップ」
では、具体的にどうやってAha体験を設計するのか。私が現場で実践しているのは、ユーザーの感情から逆算する3つのステップです。これをチームでワークショップ形式で行うだけでも、視座が大きく変わります。
Step 1:ゴール(Dτ)の定義
まず、「機能を使った結果」ではなく、「ユーザーが自然に再訪したくなる状態(Dτ:Duration of retention)」を定義します。
例えば、家計簿アプリであれば「レシートを撮影すること」はゴールではありません。「今月あといくら使えるかが、一目でわかって安心した状態」がゴールかもしれません。
「ユーザーが明日もアプリを開く理由は何か?」という問いに対する答えを、具体的なシーンとして言語化してください。
Step 2:フリクション(摩擦)の特定
ゴールが決まったら、そこに至るまでの障壁(フリクション)をすべて洗い出します。
アプリのインストール、アカウント登録、チュートリアルの強要、権限許可のポップアップ……これらはすべて、ユーザーの熱量を奪う「摩擦」です。
行動心理学の観点では、人は「思考コスト」が発生した瞬間に冷めます。「これ、何のためにやるの?」と思わせた時点で、Aha体験への道は閉ざされてしまいます。
Step 3:最短ルートの再設計(PIH)
最後に、Problem(届いていない)→ Insight(実はここで躓いている)→ Hypothesis(ここを削れば届く)のフレームワーク(PIH)を使って、動線を書き換えます。
多くの現場では「チュートリアルを丁寧に作り込む」という足し算の解決策を取りがちですが、正解は多くの場合「引き算」です。「説明しなくてもわかる状態」まで要素を削ぎ落とすことこそが、PdMの腕の見せ所です。
ケーススタディ:ある習慣化アプリのTTV短縮事例
以前、私が携わった「学習習慣化アプリ」での事例をお話しします。
そのプロダクトは機能が豊富で、コンテンツの質も高いものでした。しかし、新規登録から1日以内の離脱率が70%を超えていました。
Problem(課題):
ユーザーは登録するが、学習を開始せずに辞めていく。
Insight(洞察):
ユーザーインタビューと行動ログを突き合わせた結果、ある事実に気づきました。
ユーザーは「勉強したい」と思って登録しているのではなく、「勉強を続けられている自分に出会いたい」と思って登録していたのです。
しかし、アプリの構造は「目標設定→プラン選択→通知設定→学習開始」という長いフローでした。これでは「自分は変われる」と実感する前に、面倒な作業で「やっぱり自分には無理だ」という自己否定を強化してしまっていたのです。
Hypothesis(仮説):
「設定よりも先に、達成感を渡すべきではないか?」
私たちは、思い切って登録フローを逆転させました。
アプリを開いた瞬間、登録なしでいきなり「1分間の簡単なクイズ」を体験させ、終わった瞬間に「素晴らしい!初日の学習達成です」というバッジを与え、その記録を保存するためにアカウント登録を促すフローに変更しました。
Result(結果):
これにより、ユーザーにとっての価値到達時間(TTV)は「登録後5分」から「起動後10秒」に短縮されました。
結果、翌日の継続率は劇的に向上しました。「Aha体験」とは、リッチな演出ではなく、ユーザーの自己効力感が満たされるタイミングを前に持ってくるだけで作れるのです。
マネージャーの視点:メンバーに「感動を作れ」と指示してはいけない
もしあなたがマネージャーやリーダーの立場なら、メンバーに対して「もっと感動するUIにして」や「Aha体験を増やして」といった抽象的な指示を出してはいけません。それはメンバーを迷わせ、再現性のない「一発芸」のような機能開発を誘発します。
マネージャーが渡すべきは、明確な責任範囲と指標です。
「ユーザーが価値を感じるまでの時間(TTV)を、現在の3分から30秒に短縮する方法を考えてほしい」
このように指示すれば、メンバーはUI、テキスト、システムパフォーマンスなど、あらゆる角度から具体的な解決策を思考し始めます。
また、心理的安全性の観点からもこれは重要です。
「感動したかどうか」という主観的な評価軸では、メンバーはあなたの顔色を伺うようになります。しかし、「TTV」という客観的な軸があれば、メンバーはユーザーと向き合い、仮説検証を回すことに集中できます。
数字はあくまで結果です。しかし、その数字の裏にある「ユーザーの心の動き」を読み解く力を育てることが、マネジメントの役割です。
課題の本質を見極める思考法については、こちらも参考にしてください。
課題解決型PdMとは
まとめ:価値は「届いた瞬間」にしか生まれない
どれほど素晴らしい機能も、洗練されたデザインも、ユーザーの生活の中で「意味」を持った瞬間にしか価値は生まれません。
その瞬間(Aha)を、運任せにせず、科学的に設計すること。
それが、toCプロダクトを成長させるPdMの必須スキルです。
明日からできることとして、まずは自社サービスの「新規登録」をご自身のスマホでやってみてください。そして、ストップウォッチで「価値を感じた瞬間」までのタイムを計ってみてください。
そこには必ず、削れる摩擦があるはずです。
“アウトカムを出すPdM”へ──型と環境を揃えて先に進む
この記事のフレームは、現場で「TTV短縮」「Aha率改善」「社内評価向上」に効かせてきた型の一部です。
- 要件定義や検証が“なんとなく”進む
- 正しいと思うのに周囲が動かない
- 成果を言語化できず評価につながらない
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