「良いアイデアなのに伸びない」──現場で何度も見た光景です。原因は単純で、価値(Value)・実現可能性(Feasibility)・ビジネス(Viability)を同時に設計していないからです。この記事では、INSPIREDの核を現場の運用に落とし込み、BtoB/BtoCそれぞれで“どこを、どの順番で”潰せば速度と成果が両立するかを具体化します。私はこのやり方で、BtoCアプリの有料転換率と、BtoBの本番導入転換を同時に改善してきました。

なぜ「交差点の設計」が最初に必要か

最初に交差点を描く理由は、検証の往復を最短化するためです。価値・実現性・ビジネスのどれか一つでも曖昧だと、ディスカバリーが堂々巡りになります。逆に、3軸の仮説を同じドキュメント上で管理すると「次に何を確かめるか」が明確になり、会議は“報告”ではなく“ズレ直し”に変わります。

  • 価値仮説:誰の、どの行動・感情・不便がどの状況で起きているか
  • 実現仮説:どの技術で、どの運用負荷で、どの期間なら成立するか
  • ビジネス仮説:成功を何で測るか、いくらで売れるか、いつ回収できるか

この「骨格の共通言語」を作る際は、基本概念の棚卸しが有効です(回遊:目的設計の流れは 課題解決型PdM が参考になります)。

BtoC:価値リスクの潰し方(体験の微分と行動の一次指標)

BtoCでは価値リスクが最優先です。理由は、購入意思決定が個人の短時間の感情・期待値に強く依存し、初回体験の小さな摩擦が致命傷になるからです。私がやるのは“体験の微分”──Aha体験までのステップを秒・タップ数・情報密度で分解し、一次指標を仮置きして動かします。

  • 初回Ahaの定義:例)初回起動から5分以内に「保存→共有」まで到達
  • 一次指標:例)初日リテンションD1、初回セッション内のコア機能到達率
  • 検証順:メッセージ→フロー→機能の順で小さくABを回す

実例(仮):生活ログ系アプリで、オンボーディングの質問数を8→4に削減、コア機能の“試し打ち”を最前面に出しただけで、初回体験内のコア機能到達率が1.7倍になり、有料体験開始率も追随しました。観察と一次指標にこだわる理由は、売上では“どこで失血しているか”が見えないからです(関連:オンボーディング設計とTTV短縮ユーザーインタビュー完全ガイド)。

BtoB:ビジネス実行リスクの設計(PoCの沼を避ける)

BtoBは価値だけでは進みません。組織の政治・導入運用・既存システムとの整合が意思決定を支配します。私が必ずやるのは、PoCの前に「本番導入条件」を合意すること。価格・法務・セキュリティ・運用の責任分界(RACI)を先に整え、PoCは“条件達成の検証場”にします。

  • 本番導入条件(例):SLA、権限制御、監査ログ、SFTP/SSO、支払いフロー
  • 運用の実現性:一次回答SOP、障害連絡線、週次レビューのオーナー明記
  • 決裁フロー:ユーザー部門→情シス→法務→経理→役員の逆算ガント

実例(仮):バックオフィスSaaSで、PoC提案を「導入準備チェックリスト」形式に置き換え、RACIを先に握ったところ、PoC完了→本番移行の転換が従来の37%から64%まで改善。BtoBは“価値がある”だけでは進みません。“導入できる設計”が価値を現金化します(回遊:課題解決型PdM、KPIの握り方は KPI設計と価値ループの可視化)。

実現可能性(Feasibility)を先に細断する

価値検証と並走で、実現可能性は「技術×データ×運用」に分解します。理由は、技術的には可能でも運用が回らないケースが多いから。私が使うのは“スパイク×エラーバジェット”の合わせ技です。小さく作って、壊れる前提で許容量を決める。ここで迷いが消えます。

  • 技術スパイク:2日で叩き、性能・レイテンシ・コストの目安を掴む
  • 運用見積もり:一次QA、テンプレ返信、エスカレーションのSOP化
  • エラーバジェット:例)初期は失敗率1%まで許容、超過で自動ロールバック

実例(仮):レコメンドの新アルゴリズムで、先に“擬似本番”を作り影響比率を10%に限定。性能と運用負荷の実測を取ってから全体展開したため、全社巻き戻しを防げました。実現可能性は「作れるか」ではなく「運用まで含めて回せるか」です。

DiscoveryとDeliveryを“別チーム化”しない運用

ディスカバリーはプロジェクトではなく習慣です。分離すると“検証が遅い研究部門”が出来上がります。BtoCは週次、BtoBは隔週で「仮説→観察→意思決定」を回す場を固定します。重要なのは、会議の入口に“問いと撤退線”を置くこと。承認の会議ではなく、前進の会議に変わります。

  • レビューの入口:問い(何を確かめるか)、失敗の定義(撤退線)
  • 成果の記録:数字より「学び」(仮説の更新)を先に置く
  • 人の配置:PM-Design-Engのトリオが同席、口頭合意を0にする

この運用は、スキルの横断度が高いほど機能します。

成果指標と撤退線──“評価できる任せ方”を作る

指標を握る理由は、速度ではなく“再現性”を守るためです。BtoCは一次指標→継続→LTV。BtoBはPoC→本番導入→稼働率→拡張。双方に共通するのは撤退線の明文化です。

  • BtoC例:CVR-10%が2週継続で黄、-15%で赤(施策停止し仮説から再設計)
  • BtoB例:PoC後30日で本番条件未合意は黄、60日で赤(見積と権限を再交渉)

現場で使うドキュメント雛形(実務でそのまま使える)

プロダクトの成功確率を上げるには「議論の質」ではなく「設計の質」を先に整えることが重要です。私はどの現場でも、まず以下の3つのドキュメントだけを整備します。これらは会議の迷走を防ぎ、意思決定のスピードを劇的に上げます。

  • 交差点キャンバス(1枚):価値/実現性/ビジネスの仮説と検証済み証拠を整理
  • 導入条件チェックリスト(BtoB):PoC前に合意すべき要件(SLA・権限・支払い条件など)
  • 撤退線シート:KPIの下限ライン(黄信号/赤信号)と再設計条件

この3つがあるだけで、プロジェクトは「がんばります型」から「設計運用型」に変わり、再現性と速度が両立します。特に撤退線シートは、チームの無駄な消耗を防ぐうえで効果的です(参考:KPI設計と価値ループ設計)。

実務で使えるテンプレをまとめて入手したい方へ

この記事で紹介した設計ドキュメントは、私自身が現場で使っている型を再現したものです。より実践的な運用テンプレートはnoteで公開しています。

まとめ:理論を“現場の速度”に変えるのがPdMの仕事

INSPIREDが教えてくれるのは「プロダクトの成功は構造で作る」ということです。しかし、理論だけでは現場は動きません。必要なのは、価値・実現性・ビジネスを同時に扱う設計と、検証の順番を決める意思決定のルールです。

  • BtoCは一次指標と初回体験(Aha体験)を微分する
  • BtoBはPoC条件と導入実現性を先に握る
  • ディスカバリーは習慣にする(毎週か隔週で運用)
  • 撤退線を握り、速度と再現性を両立する

この「構造ベースの進め方」ができると、意思決定の迷いが消え、チームの前進速度は間違いなく上がります。次回はINSPIRED実践02として、トリオ型組織(PM/Designer/Engineer)の意思決定構造を解説します。

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