夜の会議室。ホワイトボードの前で、私はマーカーを握ったまま迷っていました。
「要望は山ほどある。けど、何から作ればいい?」——エンジニアは実装に入れず、CSは顧客の声を抱えたまま。空気が少しピリついた瞬間、私は息を吸って言いました。
「いったん、ユーザーの一日の“物語”を並べましょう。地図を作って、そこから薄く切り出します」
その日、90分で方針が決まりました。使ったのは、ユーザーストーリーマッピング(USM)。難しいフレームではありません。“ユーザーがどう歩くか”を左から右へ置き、“どの段に何を並べるか”で優先を決めるだけ。この記事は、未経験〜ジュニアPdMでも明日から回せるように、準備→進行→縦スライス→バックログ化の道順を、会話とテンプレ付きでまとめました。
1. マッピングの前に“3つ”だけ準備する
いきなり集めると議論が散ります。先に、読み手(参加者)が迷わない仕込みをしておくと、当日のスピードが段違いです。
- ユーザーの直近行動メモ(5〜7行)
ユーザーインタビューから「最後に◯◯したとき、何から始めた?」の過去の事実だけ抜粋。感想は入れません。聞き方はユーザーインタビュー基本が参考。 - 成功の“先行指標”を1行で
例:「Aha到達率+10ptを狙う」。KPIの置き方はKPI設計と運用で確認。 - 境界線(IN/OUT/非目標)
例:「IN:初回価値に直結するUI/OUT:アルゴリズム刷新/非目標:短期売上」。要件定義ガイドの型がそのまま使えます。
2. 90分ワークの進め方(話し言葉で進行台本つき)
会議は準備が8割ですが、当日の“入り口の一言”で流れが決まります。以下の進行で、テンポよく地図を作りましょう。
- 10分:目的とゴールの共有
「今日はユーザーの一連の行動を可視化し、初回価値までの最短ルートを決めます。KPIはAha率。IN/OUTはこちらです」 - 20分:横軸(活動の流れ)を書く
「登録→候補を見る→保存→後で編集…」と、ユーザーの視点で左から右へ。名詞ではなく動詞で。 - 25分:縦軸(ステップ内のやること)を付箋で出す
各ステップごとに「何に迷い、何をするか」を荒く並べる。CSから“迷った瞬間”を必ずもらう。 - 20分:優先の段(上段=MVP)を決める
上ほど「価値に直結」。上段の薄い列が最初の縦スライス。優先順位フレームで揉めたら戻る。 - 15分:決めを言語化→写真→その場で共有
「今日の決め:保存までの縦スライスを先に出す。状態保持・例示・Undoを含める。判定はW4。」と読み上げて終える。
3. 会話で分かる“マッピングの勘どころ”
私:「ユーザーは最初、どこで止まります?」
CS:「プロフィール入力。長いのと、戻ると消える不安」
Eng:「状態保持なら2日でできる。例示カードはデザイン1日」
私:「では上段は『保存に直行』。入力は段階化してLater。判定はAha率とTTVで」
USMは“正解探し”ではなく、チームの合意を早く作るための地図です。迷ったら、ユーザーの歩幅に合わせて一段下げるだけで進みます。
4. 縦スライスの切り方:薄く、でも“価値が通る厚み”で
上段の列(左→右)を、価値がギリギリ通る厚みで切り出します。全部盛り=失敗。最初は以下の3点に絞ると動きが速い。
- 状態保持:戻っても入力が消えない。——安心の道を確保
- 例示>説明:良い例・悪い例のカード。——迷いを先に潰す
- Undo:やり直せる。——リスクを下げて前に進ませる
この3つはオンボーディングにも直結します。短縮の考え方は最初の90日ガイド(序盤のオンボ設計)と相性が良いです。
5. マップ→PRD/バックログ化(“観測できる事実”で)
地図ができたら、PRDに落とします。重要なのは“観測できる言葉”で書くこと。
■エピック
E1:ユーザーが候補から「保存」まで迷わず到達できる
■ユーザーストーリー(ストーリー1)
S1:ユーザーとして、候補カードから1タップで保存を完了したい
■受け入れ基準(S1)
- 1秒以内に保存が反映される(スナックバー表示)
- Undoで取り消し可能
- 戻っても直前の状態が保持される
- イベント save_success が送信される
PRDの全体構成は仕様書/要件定義の書き方をどうぞ。KPIはKPI設計と運用を参照するとブレません。
6. バックログの並べ替え:USM×Now/Next/Later
マップの上段=Now、中段=Next、下段=Later、と覚えておくと運用がシンプルです。
Nowに入れて良いのは、KPIに直結し、2週間で判定できるものだけ。
Now(判定W4)
- 状態保持(戻っても消えない)/KR:Aha +4pt
- 例示カード(良い例>説明)/KR:Aha +3pt
- Undo(取り消し)/KR:TTV -1分
Next(判定W6〜W8)
- 段階的プロフィール(あとで設定)
- 初期レコメンドの質改善
Later(探索)
- Onboardingメール vs. アプリ内チップ
決め方に迷ったら、優先順位判断フレームの「価値×確度×コスト」を使って、5分で並べ替えましょう。
7. 失敗あるあると“やさしい直し方”
- 全部の行動を描き切ろうとして、地図が巨大化
→ 直す:初回価値(Aha)までの区間だけを切り出す。残りは付録。 - 名詞だらけ(例:プロフィール、保存、一覧…)
→ 直す:動詞で書く(例:入力する/選ぶ/保存する/戻る)。 - ストーリーは出るが、決めに至らない
→ 直す:開始前にIN/OUT/非目標を読み上げる。判定日を置く。 - “ユーザー起点”の勘違いで遠回り
→ 直す:過去の事実のみで語る。注意点は落とし穴まとめが有効。
8. そのまま使えるUSMボード雛形(貼って進める)
【タイトル】◯◯の“初回価値”までの地図(目的:Aha率↑)
【横軸(活動)】登録 → 候補を眺める → 保存 → 後で編集
【縦軸(やること)】各活動の下に付箋(動詞で)
【段(優先)】上=MVP / 中=拡張 / 下=Nice to have
【縦スライス】上段の薄い列に「状態保持/例示/Undo」を配置
【決め】Now/Next/Later+判定日+KPI
【記録】ボードの写真→Slack共有→PRDへ転記
9. 物語:地図ができた夜、空気が変わった
マーカーを置くと、静かな“うなずき”が広がりました。
「これなら、今週中に出せる」——Engが言い、CSは「問い合わせ減りそう」と笑いました。
ホワイトボードの写真をSlackに投げ、私はPRDに「決め:保存までの縦スライスをNowで実装。判定W4」と追記。
その週、Aha到達は静かに上向き、翌日の活性もあとを追いました。
大げさなフレームはいらない。ただ、ユーザーの物語を並べ、薄く切る。それだけで、会議室の空気は前に進み始めます。
10. 関連記事(内部リンク)
- ジュニアPdMが身につけたい「ユーザーインタビュー」の基本と実践
- PdMが成果を出すKPI設計と運用の実践ガイド
- 仕様書/要件定義の書き方(現場テンプレ)
- 優先順位判断フレームワーク完全解説
- PdM初心者が陥りがちな「ユーザー起点」の落とし穴とその対策
11. 有料note&特典テンプレ
この記事のUSMボード画像テンプレ、進行台本、PRD転記フォーマットは、有料noteで配布中。購入者特典:PdMスキルテンプレート集(PDF)/キャリア戦略シート(PDF)。
12. まとめ:地図を描いて、薄く切る
ジュニアPdMが最短でチームを前に進める技は、派手なプレゼンではありません。
ユーザーの歩みを横に並べ、価値に直結する段を上に置き、薄い縦スライスを切る。そしてPRDとKPIに落として、2週間で判定する。
次のスプリントで、まずは90分のUSMを一度だけ開いてみてください。きっと、会議室の空気が変わります。


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